終わって嬉しい嫁暮らし

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父の命日に寄せて 2

2011/06/24
☆私書庫 2
 日本に到着すると、やはり年寄り夫婦だけが住んでるから
掃除が行き届いてないところが目立つ。
 
まずトイレ掃除から始めることにした。
 
父は韓国から買っていった
暖かいトレーニングウエアに着替えると、
『これ、あったかいねえ~』
と、とても嬉しそうにしていた。
 
そして、チャグンコモがいつも贈り物に利用している『お餅屋さん』があるのだが
そこで出来立てのお餅をお土産にして買って行った。
 
『このお餅、ものすごくおいしい!!』
と、喜んで召し上がっていた。
(でも、食事には制限があるからあまり食べられなかったけれど)
 
父も初めての男の子の孫だったからとても嬉しそうにしており、
お互い言葉は通じないけれど、何やら不思議な会話を交わしていた。
 
お別れの朝、私たちはめちゃ安!の飛行機で来たから
出発の時刻がやけに早い。
朝3時に起き出して、近くの高速バス乗り場から4時30分に空港へ出発。
(残念ながらこの便利なバス、採算があわなくて廃止になっちゃったみたいです・・・)
 
車で一旦荷物と人(お見送りの母と、息子、チャグンコモ)をバス停に置いて
再び私は車を置きに家に戻る。
 
まだ暗く、寒い中だったが
父が外に出て待っていた。
 
車を車庫に停めて外に出ると父が言った。
 
『気をつけてやれよ。』
『お義母さんに良くしてやりなさい。』
『うん、わかった。お父さんも元気でね。』
 
これが最後に交わした私たちの言葉だった。
 
私の姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。
 
それから約3ヶ月して亡くなってしまった。
でも亡くなる前に息子を連れて行ってこれて本当に良かったと思っている・・・
 
当時今ほど韓国という国が近くなかったのに
留学していた夫と結婚するなんて言い出して、かなりショックを受けていた父。
『早く帰って来い!!』
とさんざん言っていた父。
 
最後には受け入れていたんだね、
 
私に、
『あの姉ちゃん(←チャグンコモ)、いい子だね。うん、ええ人やわ。』
言葉が通じたわけじゃないのに、何か通い合うものがあったのだと思う。
 
ありがとう、反対してても連れ戻したりしなかった父に感謝。
ものすごく幸せ!!ってわけではないけど
でもまあ、健康で楽しく暮らせているから。
 
どうか、安らかにお眠り下さい。
 
 
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Comments 2

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*さゆりん*

No title

私もふと思う事がありますよ。
海外で暮らしながら仕事までしていたら親の死に目には会えないんではないかって。
うちの親もその辺は覚悟しているみたいですけれど、日本に里帰りすると”日本に住めないのか?”なんて事を今でも言います。
私達は両親の大反対を押し切って結婚したのでその状態を何とかするために、息子が1歳の時にしばらく日本で暮らす事にしたんですけれど、孫はやっぱり可愛いみたいで(うちの息子も初孫なんです)それゆえに許された感じでした^^;;
バンポマダムさんのお父さんも孫やコモを見ながらバンポマダムさんの選択が間違っていなかったという事を理解して下さったのでは?
そういう意味でも毎日を頑張らないといけませんね^^

2011/06/24 (Fri) 13:38

バンポマダム

No title

さゆりんさん、
おっしゃるとおりです。
いろいろと大変なことも多いですが、私自身が幸せになることで父も浮かばれると思います。
頑張りましょうね!

2011/06/24 (Fri) 13:43
バンポマダム
Admin: バンポマダム
カンコクに住み始めて21年目。
よく生きてきたわいと、自分でも感心しています。
しゃーないので適当に生きています。
2017年の暮れに夫は肝硬変を発病。
引き続き家族を背負って出稼ぎ頑張るバンポおねえ。
さあどうなる?!
☆私書庫