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久しぶりの新聞記事シリーズです。
関心がおありの方はお付き合いください。
 
『校内暴力 軽々しく忘却、反復してはならない』
 パク ナムギ クヮンジュ教育大学総長
(※日本で呼ぶ校内暴力のことをこちらでは学校暴力と表現しています。)
 
校内暴力の問題で国全体がまた騒々しい。2005年、ある新聞に寄稿された校内暴力関係コラムに
『事件が起これば衝撃を受けるが、
適当に対策を立てて問題点を取り除き、
 取り繕って対策を出し、時がたてば忘却されるということが反復される』
と寄せられていたのだが、
今回もまたこのようになったらどうすればよいかと心配である。
 
取り繕って終わらせるのではなく、落ち着いて現状を分析し、
長期的対策を工面し、これを実践に移すことに期待する。
 
 あまり認めたくないことだが、社会成人たちも同じように
未成年学生たちが犯す校内暴力と同じく
努力を通して減らすことはできるが根絶することは難しい。
 
根本的な理由は、競争主義、成績第一の現世相であるというが
より深くは青少年も成人も同じく、
各種暴力を行う可能性を持つ人間利己のためである。
 
単純に世相のためだったとしたら、アメリカにならった他の国々は
校内暴力も自由でなければならない。
しかしアメリカ
など大部分の先進国も
校内暴力が頭痛の種であることはよく知られている。
 
学校と教師が最善を尽くさなければならないが、
一般教師が学校の力量をおいても
学生たちが存在する事実を直視する必要がある。
加害学生と被害学生すべてに手助けできる、現実的対策のひとつが
各地域別に程度がひどい学生を別途に集め、
教育することができる公立代案学校の活性化を図ることだ。
 
現在は問題がかなりひどい学生を
少年院に送る隔離教育を行っている。
 
しかしそれほど深刻ではないとか、一般学校からせ生活指導を通して
すぐさま正すことができる学生たちを教育できる専門機関が不足している。
 
『少年院へ送る必要でない学生たちは、状態がより悪化するまで
待つことになってしまい、
 少年院に送られるという残念なことが
反復されることがないよう期待する』
という家庭裁判長の言葉が胸に突き刺さる。
 
学校と社会の役割にも問い詰める必要がある。
 
一部の言論では、校内暴力は学校側の責任だと追い立てる。
この誤謬(間違い)は、青年暴力と校内暴力を同一視するところから始まる。
 
現在は校内暴力が
『学校内で、学生間で発生した暴力』だと定めている。
このようにしてみると、学生が犯した暴力はすべて学校が責任を取らなければならないのだと誤解し、
学校や教師が学校外生活に対してまったく統制権を持つことができない状況で
青少年暴力予防死角地帯が生まれている。
 
学校と社会の役割と責任範囲基準を明確にする時、
学校教育と関連した改善策も妥当性を持つようになる。
そうすればお互い責任逃れをせず、共助しながら青少年暴力を減らしていけるものだ。
 
父母の役割と責任意識を高めるため、
制度制補完も重要である。
 
仲間はずれの学生に対して学校が知らずにいたと、
恨みごとを言う父母の不憫な心中も十分に理解できる。
しかし、自分自身の子供の教育のみを担当しながらも
我が子の苦しみにまったく気づかない父母が、
多くの学生の教育を受け持つ教師のみにその責任を問うのもどうであろうか。
 
主たる役割を担わなければ、アメリカの実験でも現れたように
百薬無効の可能性が高くなる。
 
父母の法的責任についても考えてみよう。
よくご存知のように、被害者数より加害学生がより多くならざるを得ない。
ところが言論媒体の報道を見ると、
子供たちを学校へ送ることを恐れる父母はいても、
自身の子供が校内暴力を行使する学生だと表立ったらどうするかと
心配する父母はまずいない。
 
父母のこのような思考方式を子女保護反応へのごく自然な現象だとみて放っておいたら
校内暴力を減らすのは難しい。
 
子女が学校暴力を行った場合、父母の責任は問題児とともに
教育を受ける程度に留めている。
校内暴力予防及び対策に関する法律が父母の責任意識を高めるうえで
もし十分でなければ今回の機会に補完策を検討するよう願う。
 
校内暴力問題の第一責任者の父母が
想起させるにふさわしい責任を付与すれば
家庭の教育力を回復する上で
学校と社会が共に乗り出すことに期待する。
 
2012年1月14日 土曜日の記事より
 
 
言い回しが難しくて頭が痛いわ。
もうちょっと簡単に書いてくれないかな~~
 
親は親としての責任を果たさなければならないってことですね。
 
以上、おかしなところは適当に理解しておいてください。
 
 
 
 
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カンコクに住み始めて24年目。
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コメント

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  • まや
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翻訳って難しいですよ~。特に新聞なんかはよけい難しく書いてあったりしますしね。でも、パンポマダムさんこれ、全部自分でやったんですよね?辞書なしで?すっごーーーーい!!
内容も深刻ですよね。韓国も校内暴力が問題視されているんだ。
インドネシアはどうだろう?悪い子供はいても、まだ誰かの目の届く範囲内にあるというか、宗教の面でいってもまだマシなのかなと思います。たしかに、年頃の子供たちをもつ親にとって、子供が学校でどういう生活をしているのだろうと心配は心配ですよね。そして、万が一いじめられていたとしても、親が子供を全面的に守ってあげなければならないと思います。

  • Maria
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いじめに、校内暴力、日本と似たような状況があるんですね。
学校だけでなく、家庭の役割ってとても大事だと私も思います。
子供を育てるのは学校だけでなく、まず家庭ですものね。
ひどい校内暴力がなくなることを祈ります。当たり前ですけど、いけないですよ!
こちらでは、あまり聞かないな、、、
先生が生徒のおしりとか、手とか たたく ってのはあります。きちんと授業に集中してないとか、宿題忘れた とかの時。特に小さい子にだと思う。うちの次女も時々先生にたたかれてるみたいです(^-^)ゞ 家でも、宿題やらないで学校行ったら先生にたたかれるよ!って言うと、まじめに宿題に取り組みます。

  • バンポマダム
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まやさん、
「辞書なしで」←まっさかぁ~~!!
わからない単語だらけ&知ってても他の意味があるかも?ってことで辞書引きまくりですよ~
韓国語は比較的日本語の文法に近いため、訳しやすいほうだと思います。でもこれは頭痛かった~~
なるほど、イスラムの教えっていうのは影響力強いんですね。
こちらはキリスト教人口が多い割には、あれ??と思う事が多いですね。
ほんとにね、心配ですよね。
子供を守れるのはやはり親でしかありませんね。
頭痛いのに読んで下さってほんとーにありがとうございます♪

  • バンポマダム
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Mariaさん、
そうですね、日本も色々大変ですよね。
最近はどうなのでしょうか?
やはり第三諸国の方々は心が廃れていないというのか、純粋なのでしょうね。それだけ他人のことを思いやれるというのか。
先進国はどうしても物質主義に走ってしまい、自分さえよければいいという風潮が強くなってしまうようですね。悲しい事ですが。

何か原点というか、立ち返ることが必要な時期なのかもしれません。
ややこやしい記事を読んで下さってほんとにありがとうございます♪

  • 水無瀬より
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韓国のキリスト教って儒教が入っていると聞きましたがどうなんでしょうね。
日本でも子供の躾を出来ない親が多いようですから、歯止めの利かない子供となるのでしょうか。

  • バンポマダム
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みなせさん、
私は具体的には良くわからないのですが、
なにか西洋のキリスト教と違うような気がします。
「神」ではなく、「自分の親」を敬え~みたいな?どうなんでしょうね。
躾って難しいですね、最低限人に迷惑をかけない人間にしたいんですが、言い続けるしかないのでしょうね。

  • バインフラン
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そうか~、やっぱり韓国でも校内暴力とかあるんですね~。

第三諸国の方がたは、多分、食べること、経済発展することに精いっぱいで
校内暴力とか、そういう問題が起こるほど余裕がないんじゃないでしょうか。
自殺率って、先進国ほど多いって話を聞いたことがあります。
経済発展優先でがんばってきたツケが校内暴力や自殺だなんて
皮肉な話ですよね・・・。ポチ☆

  • バンポマダム
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バインフランさん、
すみません、読むの疲れたでしょう?

韓国ねぇ、大変なんですよ。もしかしたら日本よりもっと陰湿かも…
息子も今年から中学校なのですごい心配なんです。

短い期間でかなりの経済成長を遂げたはいいけど
中身が伴ってないようでして。
これからかな、と思います。
問題が解決されていく事を願うのみです
ポチありがとうございます☆

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